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大阪ミナミ14億地面師事件を受けて-(再考)代表取締役住所の非表示措置の是非/司法書士佐藤大輔

大阪ミナミ14億円地面師事件を受けて-(再考)代表取締役住所の非表示措置の是非

これまで、筆者は、様々なところで「代表取締役住所の非表示措置」については、お薦めしないと述べてきました。

 

ところが、この考えを根本から変える大事件が発生しました。

令和6年1月、地面師グループが、大阪ミナミに不動産を所有する株式会社を乗っ取り、第三者から14億円を詐取した事件(以下「大阪ミナミ14億円地面師事件」といいます。)です。

第1.代表取締役住所の非表示措置とは

1.代表取締役の住所が登記されている意味

株式会社の代表取締役は、会社登記簿に住所と氏名が登記されています。株式会社は、目に見えませんので、例えば、悪いことをした会社が、本店を適当な場所に移せば、雲隠れすることもできます【1】。代表取締役の住所は、目に見えない株式会社が悪さをしたときに、最終責任者を特定するために重要な情報なのです。

 

2.代表取締役の住所が登記されている弊害

一方、第三者が、正当な理由もないのに、代表取締役住所を知ることができるのも問題です。さらに会社登記情報はオンラインで公開されているため、誰でも容易にアクセスできます。これによって、ストーカー被害に遭ったり、無意味に住所をSNSに晒される【2】という被害が発生していました。

 

3.代表取締役の非表示措置制度のスタート

そこで、令和6年10月1日、株式会社【3】の代表取締役、代表執行役、代表清算人について、住所の一部を非表示にできる措置が導入されました(以下「非表示措置」という。)。

非表示措置を受けるためには、非表示措置申出が必要で、その要点は次のとおりです。

  1. すべての会社の代表取締役等の住所が、自動的に非表示になる訳ではなく「非表示措置申出」が必要です。
  2. 単に「非表示措置申出」をすれば良いというわけではなく、担保措置(それなりの手間)が必要です。
  3. 「非表示措置申出」は、一定の登記申請と同時に行う必要があります。
  4. 非表示措置は、第三者が要件を満たした申出をするによって、中止される(すなわち代表取締役住所が、全て表示される)こともあります。

非表示措置は、代取住所の役割と、代取のプライバシー保護のバランスを図ったものです。


【1】会社が実在しない場所で本店登記すると、公正証書原本不実記載等罪に該当し、5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処せられます(刑法157条)。

【2】公開されている登記情報に記載された代表取締役の住所や氏名であっても、これを無意味にSNS等に晒す行為は、プライバシー権の侵害として損害賠償請求の対象となります。

【3】代表取締役住所の非表示措置は、株式会社のみで認められます。すなわち、合同会社、合名会社、合資会社、有限会社、一般社団法人、一般財団法人、医療法人、社会福祉法人などでは、利用できません(代表者の住所を非表示にできません。)。

第2.筆者のこれまでの考えと理由

これまで、筆者は、様々なところで「代表取締役住所の非表示措置」については、お薦めしないと述べてきました【4】。

その理由については、脚注【4】に記載したホームページや、YouTube をご覧ください。

この考えを根本から変える大事件が発生しました。


第3.大阪ミナミ14億円地面師事件

1.事件の概要

令和6年1月、地面師グループが不動産を所有する株式会社を乗っ取り、14億円を詐取した事件。

地面師グループは逮捕され、指示役の男は令和7年9月4日行われた初公判において、起訴内容を認めました。

2.地面師グループの動き

(1) 地面師グループが、狙いをつけた不動産について不動産の登記情報を取得【5】
 ☛この時点で、不動産の所有者が株式会社Aであることが地面師グループに知られる。
(2) 地面師グループが、株式会社Aの会社登記情報を取得【5】
 ☛この時点で、株式会社Aの代表取締役Bの『住所』及び『氏名』が地面師グループに知られる。<ポイント①>
(3) 地面師グループが、株式会社Aの会社登記情報に載っている代表取締役個人Bを借主とする借用書を偽造
(4) 地面師グループが、区役所に⑶の借用書を持参して、債権者として、代表取締役Bの住民票を詐取【6】
 ☛この時点で、代表取締役Bの『生年月日』も地面師グループに知られる。<ポイント②>
(5) 地面師グループが、虚偽の会社登記(地面師グループの一人Cが株式会社Aの代表取締役に就任したとする登記及び代表取締役Bが代表取締役を辞任したとする登記)を申請し、登記は完了【7】
 ☛地面師グループが「地面師Cが株式会社Aの代表取締役である」という公的証明書(会社登記簿、会社印鑑証明書)を取得。<ポイント③>
(6) 地面師Cが株式会社Aの代表取締役として、公的証明書(会社登記簿、会社印鑑証明書、地面師Cの本物の運転免許証など)を提出し、不動産 を売却。14億円を詐取【8】
(7) 株式会社Aが不動産の異変に気付き、⑹で申請された所有権移転登記の阻止に成功 

【5】不動産の登記事項証明書も、会社の登記事項証明書も誰でも取得することが可能です。取得する際には、本人確認もありませんが、これは登記が、不動産所有者や会社内容を一般に公示するという目的から仕方ありません。

【6】住民票や戸籍謄本は、本人以外でも、一定の場合には取得することが可能です。例えば、本人に対してお金を貸している方の場合には、それを証明する書類(借用書など)があれば、住民票や戸籍謄本を取得することができます(住民基本台帳法第 12 条の 3 第 1 項、戸籍法第 10 条の 2 第 1 項)。

【7】地面師Cは、実名で株式会社Aの会社登記簿に登記されており、地面師グループの捨て駒であったと思われます。

【8】14億円も騙し取られた買主様は本当にお気の毒ですが、事前に売主の本社を訪問する等の方法により、被害を回避できた可能性もあります。

3.事件の振り返り

筆者は、新聞社に取材を受けた【9】ことをきっかけに、大阪ミナミ地面師事件の資料を収集し、分析しました。本件は、会社自体が乗っ取られた事件です【10】が、乗っ取りを阻止できるポイントが、何回かありました。

上記「2.地面師グループの動き」で<ポイント①><ポイント②>と付記した時点です。

<ポイント①>の時点

地面師グループが、区役所で住民票を取得しようとした際に、区役所窓口が、厳格な本人確認(例えば、運転免許証などを電磁的方法によって確認する【11】など)をしていれば、防げた可能性があります。

 

<ポイント②>の時点

地面師グループが、法務局で虚偽の会社登記を申請しようとした際に、法務局窓口が、厳格な本人確認(例えば、運転免許証などを電磁的方法によって確認する【11】など)をしていれば、防げた可能性がありますが、法務局では、添付書類がすべてで、一切、本人確認を行いません。

 

 仮に、地面師グループが、司法書士を代理人として登記申請していたのであれば、司法書士には厳格な本人確認義務が課されているので、司法書士が見抜いた可能性が高いです。したがって、見抜かれたくない地面師グループは、本人で登記申請したのかもしれません。


【9】取材を受けた記事は、こちら(2025/06/27 付産経新聞「登記簿書き換えで所有者に化け、14 億円詐取 住民票交付制度の穴をついた地面師の悪知恵」)からお読みいただけます(最終アクセス 2025/09/05)。

【10】会社乗っ取りについては、コラム「会社を丸ごと狙う近年の地面師<会社乗っ取り>」もご参照ください。

【11】運転免許証やマイナンバーカードの中には、マイクロチップが埋め込まれています。マイクロチップに入っている情報は、スマホアプリなどを用いれば、誰でも簡単に確認することができます。

第4.代表取締役住所の非表示措置の是非(再考)

大阪ミナミの事件では、たまたま不動産の異変に気付いたことで、所有権移転登記を阻止することができましたが、あくまでラッキーだったということです。そして、会社自体は一度、完全に乗っ取られてしまっています。

 

また、上記<ポイント①><ポイント②>は、いずれも役所の本人確認が甘かった(法務局にいたっては一切本人確認を行わない)ことが原因ですが、これらの役所が本人確認を厳格化したとの報告は受けていません。

 

筆者は、役所が個人情報の保護等に積極的でない現状に鑑みるに、会社自身が、個人情報を守る必要があると考えます。すなわち、会社乗っ取りを予防し、会社財産を守ろうとするならば、できるだけ情報が外に漏れないようにする必要があるのです。具体的に申し上げると、上記<ポイント③>で代表取締役住所非表示措置をとっていた法人であれば、会社乗っ取り被害に遭わなかった可能性もあるということです。代表取締役住所の非表示措置の是非について、そういう観点から考えると、非表示措置もありだなと考えを改めた次第です。

 

・・・ということで、私自身が経営する株式会社においては、次回登記で代表取締役住所非表示措置をとろうと思います。

執筆者のご紹介

司法書士 佐藤大輔(さとう・だいすけ)

一般的司法書士業務+事業承継・信託・従業員持株会・フランチャイズシステム・M&A等のプラン設計・実行。社長・従業員の法律相談。140万円以下の民事訴訟・示談代行。少額裁判助成制度(兵庫県司法書士会)の利用実績は当事務所が第1位。

  1. 会社法関係のややこしい手続
  2. 登記など普通の司法書士の仕事
  3. 黄金の士業人脈

あなたのまちの司法書士事務所グループ所属

あなまち司法書士事務所

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