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気を付けよう!固定残業代の落とし穴/弁護士中島健治

昨今、高騰する人件費に頭を悩ませている企業も多いかと思います。そして、人件費の中でも、残業代の問題は、企業にとって特に悩ましい問題です。

労働基準法37条では時間外労働(いわゆる残業)に対し法律の規定を満たす一定額以上の割増賃金を支払うこととされておりますが、種々の理由から、固定残業代(定額残業代)制度を導入している会社もよくお見かけします。

 

しかし、残念ながら、固定残業代制度に対して誤った認識を有しておられる例も多いようです。

例えば、

① 営業社員には残業代を含んだ営業手当を支払っているので、残業代は支払わなくてよい

② 固定残業代を支払っているので、残業時間の管理・残業代の計算はしなくてもよい

というようなものがあります。

しかし、これらはいずれも誤りで、このような認識、運用をしていると、多額の未払残業代請求を受けるおそれがあります。

1 固定残業代の適法性

労働基準法では、法所定の割増賃金額を下回らない限り、固定残業代を支払うこと自体は禁じられていません。

 

しかし、固定残業代の支払をもって、法に従った割増賃金の支払をしたと言えるためには、

  1. 通常の労働時間の賃金と、割増賃金相当分が判別できるようにしておく必要があります(判別可能性)。
  2. また、時間外労働に対する対価として支払われているものと認められる必要があります(対価性)。

 

前記①のように「営業手当」としているだけでは、そのうちのどれくらいの金額が割増賃金相当分なのか不明確ですし、時間外労働の対価として支払われているかどうかも不明確です。

また、何の明示もなく、「基本給に残業代を含んでいる」との取扱も、基本給(通常の労働時間の賃金)と割増賃金相当分が判別できません。したがって、このような取扱をしても、法に従った割増賃金の支払をしたとは認められません。

手当として支払う場合であれば、例えば、「固定残業代●万円(▲時間分)」というように、明確にして支給しておく必要がありますし、基本給に含んで支払う場合であれば、「基本給■万円(固定残業代●万円(▲時間分)を含む)」としておくべきです。

2 超過分の支払義務

固定残業代の支払いが、法に従った割増賃金の支払をしたと言える場合であっても、固定残業代の金額が、実際に行った残業時間に相当する割増賃金額に満たない場合は、その差額(超過分)の支払いが必要となります。

 

たとえば、20時間分の固定残業代を支払っていたとしても、実際に25時間の残業をした場合、5時間分の残業代はその支払を免れるわけではなく、当然支払義務を負います。

 

ですから、超過分の有無の確認及び支払のために、残業時間の管理、残業代の計算は必要となりますから、②も誤りです。

3 固定残業代の運用を誤った場合

固定残業代の運用を誤り、その支払が法に従った割増賃金の支払をしたと認められなかった場合、残業代の支払がなかったことになるだけでなく、割増賃金の単価も上がってしまい、会社としては二重のダメージを受けるという落とし穴があります。

 

例えば、前記①のように「営業手当」として5万円を支払っていた場合であっても、その5万円が割増賃金の支払いと認められなければ、残業代を支払ったことにはならず、改めて残業代の支払いが必要となります。

 

そればかりか、残業代を計算する際には、「営業手当」の5万円も割増賃金計算の際の基礎賃金(1.25倍の対象となる金額)に含めて計算される可能性があり、その場合割増賃金の単価も上がってしまいます。

 

したがって、固定残業代として残業代を払っていたつもりが、想定よりも高い単価で計算された残業代の支払いが改めて必要となってしまう、という、二重のダメージを受けることとなってしまいます。

 

4 結語

固定残業代制度を1人の社員に対してのみ導入するということは珍しく、全社員もしくは多数の社員に対して導入することが多いと思います。ですから、その運用を誤った場合、残業代の未払いが発生する社員も多数になりますから、会社に生じる損害は大きなものになってしまいます。

 

固定残業代制度は、前記のとおり、超過分の残業代の支払いを免れさせるものではありませんので、会社の人件費負担を軽くするものではありません。また、超過分の有無を確認する等の目的で、残業時間の把握も必要となりますから、残業時間管理の手間を軽減するものでもありません。

残業が少なくても一定の賃金額を保証されるということで、応募者を集めやすいという、人材募集の際のメリットはあるかもしれませんが、これまで述べたような、注意点もありますので、固定残業代制度を採用することが本当に会社にとってメリットになるのかどうか、については慎重に検討していただく必要があります。

なお、新たに固定残業代制度を導入したり、固定残業代制度を廃止したりする場合、労働条件の不利益変更の問題も生じえますので、その点にも注意が必要となります。

以上のとおり、固定残業代制度については、いろいろと注意点がありますので、その導入等につきご不明な点があれば、弁護士、社会保険労務士等の専門家にご相談されることを強くお勧めします。

 

こうべ企業の窓口には、労働法に精通した複数の弁護士や社会保険労務士等の士業が在籍しています。

具体的な事案に関するご相談のほか、社員教育等のためのオーダーメイド研修の実施等も対応しております。

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執筆者のご紹介

弁護士 中島健治(なかじま・けんじ) 

中小企業や個人事業主が抱える日常的な法律問題処理(債権回収、契約書作成等)を多く手掛けています。従業員との間のトラブル(労働事件)も多く取り扱っています。社長や従業員の方個人に関する事件(交通事故、相続、離婚等)も対応可能です。

 

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