
2025 年 6 月 13 日、「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」、いわゆる年金制度改正法が成立しました。
この改正では、大きく 6 つの見直しが行われています。
- 社会保険の加入対象の拡大
- 在職老齢年金制度の見直し
- 遺族年金制度の見直し
- 厚生年金などの標準報酬月額の上限を段階的に引き上げ
- 私的年金制度の見直し
- 将来の基礎年金の給付水準の底上げ
本稿では、この 6 つの柱のうち、特に中小企業や小規模事業者に影響が大きい「 1.社会保険の加入対象の拡大」 に焦点を当てて解説します。そのほかの改正内容については、厚生労働省公表資料「年金制度改正法が成立しました」をご参照ください。
短時間被保険者(パートタイマー)をめぐる働き方の課題と年金制度改正の影響
近年、人手不足が深刻化する中で、企業にとってパートタイマーなどの短時間労働者は欠かせない戦力となっています。しかし、社会保険の加入要件や「扶養の壁」によって、労働時間や収入を調整せざるを得ない場面が多く見られます。ここでは、現場でよく聞かれる声と、それに伴う課題を整理します。
① 「扶養の範囲で働きたい!収入は 130 万円以内に抑えたい」
パートタイマーについて、配偶者の扶養の範囲(年収 130 万円未満)で働きたいと希望する方もまだまだ多くみられます。
例えば、2025 年 10 月に予定される兵庫県の最低賃金 1,116 円で計算すると…
- 1,300,000 ÷ 1,116 = 約 1,164 時間/年
- 1,164 ÷ 12 か月 = 約 97 時間/月
つまり、月あたり 97 時間程度しか働けず、通勤手当や賞与を含めるとさらに時間を減らさざるを得ません。
結果として、
- 年末になると「これ以上シフトに入れません」と調整を迫られる
- 頑張りを評価して賞与を支給したくても「扶養を外れるのが不安」と断られる
といった状況が発生します。
② 「社会保険に加入したくないので、働く時間を抑えたい」
もう一つよく聞かれるのが「社会保険には入りたくない」という声です。現行の主な加入条件は以下のとおりです。
社会保険の主な加入要件(現行)
- イ) 事業所規模:従業員数 51 人以上(厚生年金適用事業所)
- ロ) 週所定労働時間:20 時間以上
- ハ) 月額賃金:8.8 万円以上(年収 106 万円の壁)
- ニ) 2 か月を超える雇用見込み
- ホ) 昼間学生でないこと
このため、従業員 51 人以上の事業所では週 20 時間未満に抑えれば非加入、従業員 51 人未満の事業所では 週 30 時間未満に抑えれば非加入となります。(「従業員数 51 人」とは、1 年のうち 6 月間以上、適用事業所の厚生年金保険の被保険者(短時間労働者は含まない、共済組合員を含む)の総数が 51 人在籍している状態をいいます)
しかし、労働時間を抑えるとなると、同じような条件で働くパートタイマーを多数確保しなければならず、人手不足がさらに深刻化する要因となります。
③ 今後の改正と企業への影響
今回の改正によって、短時間労働者の社会保険加入は段階的に拡大され、2035 年 10 月に は事業所規模に関わらず一律に適用されることが決まりました。
- 「事業所規模要件」は撤廃される
- 「賃金要件(8.8 万円以上)」も撤廃予定
- 最終的には 週 20 時間以上勤務+2 か月超雇用見込み(学生除く) であれば全員加入
というシンプルなルールになります。
事業所規模別の社会保険加入要件(2025 年改正後)
実施時期 | 事業所の規模(厚生年金に 加入する被保険者数) | 加入が必要になる人の条件 |
2024 年 10 月~(現行) | 51 人以上 | 週 20 時間以上勤務 + 月収 8.8 万円 以上 + 2 か月超の雇用見込み(学生 除く) |
2027 年 10 月~ | 37 人以上 | 同上 |
2029 年 10 月~ | 21 人以上 | 同上(賃金要件の撤廃が進む予定) |
2032 年 10 月~ | 11 人以上 | 同上(賃金要件は基本撤廃予定) |
2035 年 10 月~ | すべての事業所 | 週 20 時間以上勤務 + 2 か月超の雇 用見込み(学生除く) ※規模・賃金 要件とも撤廃 |
また「賃金要件(月額 8.8 万円以上)」については、地域別最低賃金が 1,016 円以上の地 域では、週 20 時間以上働けば自然と月収 8.8 万円を超える水準になります。
そのため、兵庫県を含める、こうした地域においては、賃金要件は事実上なくなったものと同じ扱いとなります。
改正を踏まえて、どうすればいいのか?
- パートタイマー本人は「扶養内」「非加入」を望むことが多く、労働時間抑制が起きやすい。
- 企業側は人手不足の中で「もっと働いてほしいのに働けない」という矛盾を抱えている。
- 制度改正により、将来的には規模要件や賃金要件がなくなり、働いた分は社会保険加入が原則となる。
したがって企業としては・・・
- 長期的に「社会保険加入を前提とした人員計画」を立てる
- 扶養内希望者には「働き方の選択肢」を丁寧に説明する
- 社会保険料負担を見越した賃金・シフト設計を行う
といった対応が不可欠になります。
私も所属する神戸商工会議所所属の士業有志で立ち上げた「こうべ企業の窓口」では、複数士業が事業者の皆様をサポートしていますが、例えば上記の課題にはそれぞれの士業が以下のような具体的なアドバイスを行っています。
1. 長期的に「社会保険加入を前提とした人員計画」を立てる
• 社会保険労務士(社労士)
→ 加入対象者の把握や将来の制度改正スケジュールに沿った人員配置の提案が可能です。
一言アドバイス:「10 年後の制度を見据えて“今から加入前提の採用基準”を整えましょう」
• 中小企業診断士
→ 人員計画と事業戦略をリンクさせ、中長期の経営計画に落とし込みます。
一言アドバイス:「人件費だけでなく、売上計画と一体で考えると無理のない計画ができます」
2. 扶養内希望者には「働き方の選択肢」を丁寧に説明する
• 社会保険労務士(社労士)
→ 扶養の範囲、社会保険加入時のメリット(将来の年金額・健康保険の保障など)を具体的に説明できます。
一言アドバイス:「“扶養内か加入か”を数字で示し、本人と家族にとって得になる選択を一緒に考えましょう」
• ファイナンシャルプランナー(FP)
→ 世帯全体の家計・税制・将来の年金見込みまで踏まえたアドバイスが可能です。
一言アドバイス:「ご家庭のライフプランに沿って“どちらが有利か”を見える化をしましょう」
3. 社会保険料負担を見越した賃金・シフト設計を行う
• 税理士
→ 社会保険料負担が人件費や経営に与える影響を試算し、節税や給与設計のアドバイスをします。
一言アドバイス:「社会保険料は“経費”として捉え、資金繰りに無理のない形を設計しましょう」
• 社会保険労務士(社労士)
→ 労働時間・雇用契約・シフト組みを踏まえた最適な働き方の制度設計をサポートします。
一言アドバイス:「“保険料負担を前提とした給与・シフトのルール”を早めに整備しましょう」
まとめ
- 制度理解や従業員説明 → 社労士
- 家計・ライフプランの視点 → FP
- 経営戦略との調和 → 中小企業診断士
- 経費・税務影響の試算 → 税理士
上記の複数士業の活用で、企業にとっても従業員にとっても納得感のある働き方が実現しやすくなります。このような具体的なアドバイスを経営全般のご相談について、対応しています。まず「こんな時はどうしたらよい?」と迷われた際に私たち「こうべ企業の窓口」にお声かけください!
執筆者の紹介

社会保険労務士 西本恭子(にしもと・きょうこ)
判りやすい言葉で、法律と職場での実情との擦り合わせをアドバイスさせていただきます。経営者の方に元気を働く社員をイキイキさせるサポートが得意です。また、ワークライフバランス研修等を得意としております。
1.両立支援
2.各種社員研修
社会保険労務士ニシモト事務所
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